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Statement of Purpose

高校に入った頃、両親は離れた場所で働いていて、姉と私は台湾の別々の学校の寮で暮らし、週末だけ祖母の家に帰っていました。毎日は、授業を受け、部屋に戻り、夜食を買い、ゲームをすることの繰り返しでした。自分が何をしたいのかも、世界とどんな関わりを持てるのかも、まだ考えていませんでした。高校二年のとき、塾でアプリを開発している同級生と出会い、アイデアがどうすれば実際の形になるのかを、本気で調べ始めました。その後、十七歳の少年がノートを売る事業を営む様子を撮った動画を見て、自分のような子どもにも、何かを始められるのだと初めて感じました。

その好奇心に導かれて、SITCON、自主学習のコミュニティ、そして g0v に出会いました。インターネットは、世代も背景も異なる人々と私をつなぎ、それまで手の届かなかった機会をもたらしてくれました。私にとって g0v は、家の近くにある台湾の廟に似ていました。人々は何かを共に信じて集まり、私は放課後に遊びに行き、手伝えることを手伝いながら、そこにいる人たちを少しずつ知っていきました。コミュニティが資金難で寄付を募る姿を見て初めて、世界を知り、自分にも行動できると思わせてくれた環境は、自然に存在しているわけではないと気づきました。当たり前のように受け取っていた支えの裏側では、誰かが時間や資源を静かに差し出し、私には見えていなかった負担を引き受けていたのかもしれません。未来への想像の多くを、そうした関係や資源に頼りながら、それらがどう維持され、誰が支えているのかを、私はほとんど問うてきませんでした。それらが変わったとき、自分は何をよりどころに行動を続けられるのだろう。この問いを携えて、Jamie's GapYear Program に探索の計画を提出しました。慣れ親しんだ環境をいったん離れ、それが自分をどう形づくったのかを理解し、世界を支え、変えていくことに参加するための力を身につけたいと思ったのです。

このプログラムから支給された百万台湾ドルは、それまで頼っていた関係の外に出て、別のコミュニティを自分で訪ね、作品をつくる力を磨く機会を初めて与えてくれました。2025 年 3 月、Vibe Coding を使って 《焦慮戳戳樂》(Panic Tracker)をつくり、その後、日々を記録する 《剛剛在幹嘛》(What Are You Doing?)もつくりました。作品を通じて、私を知らなかった人たちにも初めて自分の存在を知ってもらえるようになりました。《焦慮戳戳樂》は四万ダウンロード、《賽博燒金紙》(Paper Gold)は二万ダウンロードに達しました。最初の成功は、かえって自分への疑いを強めたのかもしれません。もう一度できるのか、まだ確信が持てなかったからです。二度目の成功によって、これは自分の力であり、自分にできることなのだと、より確かに思えるようになりました。休学期間を終えたとき、さらに自分の力を育てることと、自分にも行動できると思わせてくれた条件がどう生まれたのかを理解することが、これからも続けたい課題になっていました。

この問いは、私を歴史、政治哲学、社会存在論へと導きました。ヨーロッパの帝国史やナショナリズムなど、政治に関わる授業を受け、Searle、Graeber を読みながら、私たちが共に暮らす世界がどう組み立てられているのかを考えました。どのような主張が人々に受け入れられ、どのような象徴が共有された意味を担い、どのような役割に権利、義務、行動する力が与えられるのか。人が何を信じ、何をできるのかが、制度や関係、繰り返し経験する出来事とどう結びついているのかに関心を持つようになりました。これは、《文明》を書く動機にもなっています。

私はこの問いを、人が自らの実践を通じて能力を育て、自分への信頼を築き、市民社会で行動できる存在になっていく過程を探る研究へと発展させたいと考えています。そして研究を道具やプラットフォームに変え、より多くの人が、より早い段階でその力を育てられるようにしたいと思います。私自身が方向を見つけ始めるまでには、偶然の出会い、コミュニティの支え、そして一年間の探索が必要でした。その中のどの条件を意識的に設計すれば、ほかの人にも同じような経験への道を開けるのかを理解したいのです。

AI は、この問いを私にとって一層切実なものにしました。2022 年 11 月から AI を使う中で、その可能性と同時に、ある矛盾を感じてきました。作品を早く完成させる助けにはなっても、自分の力を信じられるようになるとは限らないのです。文章を書く際に AI の助けを借りることに慣れた結果、自分で書くことへの自信が薄れていると気づきました。アプリ開発でも似た経験がありました。生成されたものをそのまま公開すると、つくる力が自分に備わったと感じにくくなることがありました。これは私自身の経験ですが、道具がより多くの作業を担うようになる中で、人はどうすれば自分の判断力と能力を育て続けられるのか、という問いにつながっています。

自信は、練習を通じて育つものだと私は考えています。どのような経験が自分の選択と結果のつながりを見えるようにし、どのようなやり取りがもう一度試そうという意欲を生み、それらがどう自ら行動する力へと育っていくのかを研究したいと思います。AI に支えられた創作の中で、使い手はどう自分で取り組む課題や方向を定めるのか。結果が自分の目的にかなっているかをどう判断し、満足できないときにどう修正するのか。一つの課題を終える経験から、次の課題に取り組む力を得るために、人はどの部分に自ら関わる必要があるのかを理解したいのです。

これらの問いから、具体的な設計の可能性も見えてきます。文章を書く道具なら、まず自分が何を伝えたいのかを形にし、その後で AI を使って展開、比較、推敲をする流れを支えられるかもしれません。ものづくりの道具なら、どの条件が結果に影響するのかを少しずつ理解し、修正を通じて判断を練習できるかもしれません。私は、こうした練習を実際の利用の流れに組み込み、作品を完成させる過程が能力を育てる過程にもなるようにしたいと考えています。使い手が自分のしたいことをより明確にできるか、自分の決定を説明できるか、次の問題に出会ったとき自ら取りかかれるかは、確かめたい成果です。

このシステムには、自己修正と反復的な改善の仕組みも必要です。人の能力、目的、状況は実践の中で変わり、それを支える方法も変わる必要があります。一回ごとの利用経験を通じて、それまでの仕組みを見直し、次の練習ややり取りを修正できるシステムにしたいと思います。設計そのものに、継続して変更できる可能性を組み込む必要があるのです。

ここでは AI は機会でもあります。使うその場で仕組み自体を生成できるという、新たな可能性があるからです。人が直面している問題、すでに試したこと、進みたい方向に応じて、その人に合う次の練習ややり取りを形づくることができます。人の成長とともにシステムがどう変わり続けられるのか、そして使い手がその修正にどう参加すれば、動的な生成が自分の方向と行動する力を支えるものになるのかを研究したいと考えています。

この研究は、最終的には人々が共に暮らす世界へと戻ってきます。私はこれまで、二十人から五十人ほどの小規模なイベントを二十回以上開催し、2026 年前半には十回以上の大規模なイベントも開催しました。インターネットで出会い、支えてくれた人々に感謝しています。そして、より多くの人が自分の力を通じて、このつながりに参加できるようになってほしいと思います。能力と自信を育てた人が、自分のアイデアを集団に持ち込み、ほかの人の必要としていることを理解し、共に取り組む方法を見つけるには何が必要なのか。個人の主体性が、こうした出会いを通じて共に行動する力へと発展する過程を探りたいのです。

私がつくりたいのは、人が自分の力を少しずつ信じられるようになり、公共の生活に参加できる条件です。この願いは、私を支えてくれた人々への感謝と、自分がこれから生きる社会への期待から生まれています。私は、誰もが何かをしてみようと思える社会で暮らしたい。若い人たちが社会に踏み出すときに自分の方向を見つけ、行動する力を育て、ほかの人たちと共に、自分たちの信じる世界をつくっていけることを願っています。